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外来でしまった!…貴婦人から一言

研修医のここがつらいよ①

外来でしまった!…貴婦人から一言

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 これまでの連載では台風19号の被災地での話や骨髄移植の話をお伝えしてきました。

 ここからは、研修医2年を終える筆者が、この2年間で経験した失敗やシマッタ体験を皆さんと共有したいと思います。個人の特定を避けるため内容には多少の脚色を加えますが、できる限りリアリティーある現場をお伝えできればと思います。

 若手の先生がたは「あるある」と思われるかもしれませんし、ベテランの先生がたは、自分にもこんな時があったなと懐かしく思われるかもしれませんが、私の失敗や素朴な気づきが、皆さんの役に立ちましたら、幸いです。



初診外来で貴婦人からの一言に…「しまった!」

 さて、2020年度からの医師臨床研修制度の見直しで、研修終了時の到達目標が明確化されることに伴い、初期研修医のうちから外来診療に携わることが推奨されます。私の研修先では、昔から内科初診外来を研修医が行う文化がありました(もちろん、上級医の丁寧なフォローのもとで)。

 今日はそんな初診外来での一コマをご紹介します。セリフ形式でお楽しみください。

 ポーン(呼び出し音)

 私:○○さん、8番診察室にお入りください

 患者さん(高齢女性)入ってくる

 私:どうぞ、おかけください。本人確認のため、繰り返しになりますがお名前と生年月日をお伺いしてもよろしいでしょうか

 患:エム田三子、昭和○年○月○日です

 私:ありがとうございます。今日はどうなさいました?

 患:はい、先日からなんか足がむくんで…前はこんなことなかったのですが。

 私:そうですか、大変ですね。いつごろからですか?

 患:……

 この後症状や内服を細かく聞き、心不全や腎不全を疑い、まずは血液検査を取ることにしました。非常に上品な貴婦人に対し、丁寧に傾聴しつつ診察する研修医。模範的外来の一コマ…と自画自賛したくなるところですが、この後大失態が判明します。

 ~血液検査後~
 私:おまたせしました。採血お疲れ様でした。結果のご説明をしますね。

 電子カルテで結果画面を出す

 患:ところで、あなた、なんておっしゃるの?

 近寄って名札をまじまじと見る貴婦人。

 (私の心の声)…しまった!!!

 私:申し遅れてすみません。研修医の平野と申します

 患:平野さんておっしゃるの、ほほほ

 私:お名前伺ったのに自己紹介しなかったですね、本当に申し訳ありません

 患:いえいえ、気になさらないで



どんな関係でも始まりは「あいさつ」から

 最初に相手に名乗らせておきながら、医師である自分が名乗らない。よく考えたら変ですよね。確かに我々医療職は名札をしていますし、患者は医師である我々が変なことをするともおそらく思っていません。

 名乗らなくても、違和感なく診察し、医者として振る舞うことができてしまいます。

 しかし問題はそこではありません。顔なじみの再診患者ならまだしも、相対しているのは初めましての方。例えば会合で初めて会ったとして、自己紹介しない人はどこにもいないでしょう。

 ひらがなは「あい」から始まります。
 全ての始まりは、「あいさつ」から。

 院内で医療職同士や患者とすれちがった時のあいさつも大事ですが、診察でもきちんと自己紹介をする。ちょっと考えれば当然のことも、なぜか「病院」という環境では飛んでいってしまいます。

 今の時代、医師はパターナリズムではなく、患者と対等な関係であるべき、といわれます。もちろん知識量などで圧倒的に医療職が強くなりやすいのは事実ですが、まずは対等な相手としてあいさつする。そんな「常識」が、1年目にして抜け落ちていた自分を強く恥じた一幕でした。



まとめと次回予告
 普段私たちの仕事で当たり前にしていることでも、患者の立場で考えたり、一般社会として考えたりしてみるとおかしなことがあります。そんな失敗談などを、今後も共有していきたいと思います。

 次回は「患者さん?様?の呼び方」についてです。

 医療に限らずサービス業全般で問題になる話題ですが、私は今も試行錯誤しています。
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ドナーになった医師、心打った一言

研修医がつづる、「骨髄移植」体験記③

ドナーになった医師、心打った一言

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採取後の思わぬ「プレゼント」に心打たれ・・・

 採取後、コーディネーターの方から2つのものを頂きました。

 1つは、骨髄移植を受けた方の体験記集です。

 骨髄移植だって完璧な治療法ではありません。100%助かる訳ではなく、治療が成功しない方もいます。この体験記集は、治療を乗り越えた方々のものでしたが、移植後の苦難の道程が記されていました。GVHDなどを起こした方、感染症を起こした方、様々な体験が本当にリアルに綴られています。

 「本当の戦いはこれから」ということを強く実感すると共に、私の骨髄を移植された方が、何事もなく社会復帰できることを心から祈りました。

 もう1つは、移植先の病棟スタッフさんからのお手紙です。

 骨髄移植後は、レシピエントさんとの手紙交換が1年間で2回までできるとは聞いていました。しかし病棟スタッフさんから予想外に頂いたこのお手紙は、本当に嬉しかった。
 一番心を打ったのが、

 「今日という日が、患者にとって第2の誕生日となります。」

 の一言。多分、患者さんにとって骨髄移植はすごく待ち遠しかったのではないかな、と思います。もちろん移植をすればオールオッケーではありません。辛い、苦しい副作用との戦いもあると思います。

 でも骨髄移植がなければ、おそらく治ることはない病気。その一歩を手助けできることを考えれば、この腰の痛みくらいどうにでもなるな、と思えます。私の骨髄によって、社会で活躍される方が1人増えるのなら、こんな嬉しいことはありません。

 実は骨髄液採取量の計算上、お相手の方の年齢や体格程度は知ることができるのですが、自分と同年代・同体格の患者さんと聞いていました。社会復帰された患者さんに、どこかで知らずにでも会うことができたら、なんて思ったりもします。



最後に

 骨髄移植のドナーになった話の連載は、今回が最後となります。この連載を読んでいる方の中で、ドナーとなれる条件を満たしている方は沢山いると思います。

 骨髄は提供しても速やかに元の量まで戻ります。ドナーには時間と痛み、という犠牲はありますが、一時的なものです。対して受け取るレシピエントは、これがなければ生きていくこともままなりません。「一生もの」です。

 普段、人の生死に携わる医療者だからこそ。是非ドナーとなってください。そして医療職だからこそ、職場は全幅の保障でもって、送り出して欲しい。

 最後に、この連載を許可してくださった骨髄バンクの担当者様、エムスリーの担当者様に感謝の意を示して、そして、今後の移植数・移植率の増加を願って、この連載を終えたいと思います。最後までお読みいただき、ありがとうございました。また別の連載でお会いしましょう。
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【躍進】「Slack武装」東大アメフト部が狙う、全国優勝の先

記事URL:https://newspicks.com/news/4639353/?invoker=np_urlshare_uid4077381&utm_source=newspicks&utm_campaign=np_urlshare&utm_medium=urlshare


これ、本当に凄い話です。
東大はスポ推薦もなく、自前で選手を確保しなくてはならない。更には施設も整っているとは言い難い環境です。それを組織マネジメントでここまでひっくり返しているのですから、三沢さんの指導法が凄いか、組織マネジメントの力が実は強大か、でしょう。後者を無視できません。
選手のレベルについては、経験年数こそ浅い選手が多いかもしれませんが、決して他に引けを取らないでしょう。東大というと「ガリ勉」の印象が強いですが、その最高峰たる理科三類・医学部でも全国区でスポーツしている選手はそれなりにいます。逆に言えば、集中力と分析力に優れた選手が多いでしょうから、監督のマネジメントに対して成果を出す能力は高い可能性があります。


そして「部活には無駄が多い」という至極当たり前の問題に大きなメスを入れました。学校教育や部活は「聖域」になりがちで、システム的な遅れが多いのは事実です。しかもスポーツは身体に関わる問題。根性論がよくまかり通ったり、伝統の名の下に押しつぶされやすいのが悲しいところ。
しかし練習法や体力の付け方には実は理論があります。私も学生時代に心肺代謝について研究していましたが、体力をつけるには量と質の掛け算です。質が2で10の量をやるより、質が5で5の量をやる方が成果は大きいのです。この様な理論を導入し、効率よく選手に共有し、練習のアウトカムを高めれば、得られる成果は桁違いになります。


是非東大アメフト部に全国優勝して欲しいです。そして全国の非効率は部活に革命を。

医師が初入院で本当に実感したこと

研修医がつづる、「骨髄移植」体験記①

医師が初入院で本当に実感したこと
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 こんにちは。長野県の市中病院で初期研修医をしている脳筋ひっきーです。

 2019年10月に各地を襲った台風19号による千曲川(ちくまがわ)の氾濫で、長野県は大きな被害を受けました。私の勤務先や自宅は大きな被害はまぬがれましたが、近隣病院が被災。

 これまでの連載「台風19号の被災地で働く研修医が見た光景」では、そんな被災地で働く研修医が、見たこと、感じたことを、ありのままに綴ってきました。

 今回は番外編として、私自身が骨髄移植のドナーとなった時の話をしようと思います。番外編第2回目は、いよいよ入院、そして採取の話です。



いよいよ骨髄採取―普段と逆の「される側」を経験

 骨髄採取前に台風19号があり、被災地で大忙しの勤務をこなした私。体調は万全とは言えない?かもしれませんでしたが、直前はしっかり寝て入院に備えました。

 そして入院当日。入院手続きをして病棟へ行くと、「お部屋が空いていないので、無菌病棟になります」と言われました。ピンピンに元気な私が入っていいものかと思いつつ、無菌病棟へ移動します。

 病室内には換気システムがきちんと整備されていたり、窓が二重でその中にブラインドがあったり、そして手洗い用の洗面台に滅菌水装置がついていたり。初の無菌室は、少しope室を連想させました。

 初日は検査のみで、ただただ暇。夕食まで食べて、そこから絶食。定番のOS-1を飲み、就寝しました。

 2日目は、いよいよ採取日です。部屋から歩いてope室へ行きます。ストレッチャーに寝て、マスクをあてられ、モニターをつけられ・・・。普段自分がしていることを、される側になると変な感じですね。されながら思わず笑ってしまいました(苦笑)。

 麻酔科医の説明を受けつつ、18Gのサーフローを入れられるのは少し痛いなぁと感じたのも束の間。セボフルランらしき甘い匂いをかぎながら、プロポフォールの血管痛を感じる間もなく、就寝でしたzzz…。

 そこからは姿勢を腹臥位に変え、太い針を腰に30回近く刺されたらしいです(血液内科医談)。



全身麻酔を終えて…麻酔薬の健忘作用って素晴らしい!

 起きた時にはもう病室。両手に点滴、オムツ、酸素マスクにモニターという状況しか覚えていません。「あれ、オペ室での抜管時って意識あるんじゃなかったっけ・・・」と思いつつも、これが、かの「健忘」かと実感。

 本当になーんにも、覚えてません。麻酔ってすごいですね。寝た瞬間から部屋で起きるまで、あらゆる痛みや刺激から守られていました。

 「今何時?」「2時ですね~」の答えを聞いて、「まだ動けないじゃん」と、もう一回眠りに落ちました。4時間は安静と言われていて、起きたのは16時。右手の18Gは抜針され、「トイレとか、動いてもいいですよ~」と言われました。

 腰の部分の処置をされ、OS-1を一服。でも、もう一回おやすみ。だって動けないし、眠いし、尿意ないし。疲れてたのかな。

 次に起きたのは18時で、待ちに待った夕食です。いきなり覚醒度maxになり、24時間ぶりの食事。最初喉を通るとき、少し違和感がありましたが、すぐになくなり、ばっちり全量摂取しました。

 その後モニターを一度外してトイレへ。ここで実感しました。
 噂の「腰の痛み」を。



NSAIDsは偉大―飲んでみてわかった薬の効果

 初めての動きで感じる痛み。「ズキッ」というより、鈍痛という感じです。なんか重い感じ。動かすのもスムーズにいかないですが、歩くのは大丈夫だったのでトイレを済ませます。でも、なんか不快な感じ。なんか腰におもりがついている感じ。

 そんな痛みを感じつつも、またすぐ就寝。だいぶ疲れていたのでしょうか。次に起きたのは21時。モニター・SpO2も外していただき、静かになった病室で再度就寝。そう、皆さんお察しの通り、この日は寝ていただけです。

 その結果、次の日は朝3時に目が覚めてしまい、寝られない。そして腰が痛くて、仰向けでじっとできない。うつ伏せになり、ケータイをいじってそのまま朝を迎えました。

 朝、看護師さんに伝えて、ついに痛み止めを内服しました。安静時痛は強くないけど、動作時に不便だし、飲んでみるか~とロキソプロフェンを1錠内服。

 ・・・これが劇的に効きました。痛みがだいぶ楽になった!NSAIDsすごい!いつも、なんとなしに出してるけど偉大!これなら日常生活もギリギリできそう!というわけで、仕事するか~!と、この原稿をぽちぽち書きました。

 翌日(入院4日目)に退院。電車の椅子とかはまだ少し違和感があるけれど、慣れれば大丈夫な感じでした。ただ、活発に動き回るのは1週間くらいはいいかな~という感じです。そして循環器内科の研修中だったので、カテーテルができるかは一抹の不安が・・・。

 こんな感じで、私の初骨髄採取は終わりました。


まとめ

 人生初の骨髄移植。のみならず、全身麻酔も無菌室も(物心ついてからは)人生初でした。

 様々な体験を通じて思うのは、「なにかにつながれてるって本当に不快」ってこと。点滴1本つながってるだけで、体位変換も動くのも億劫になります。「終わるまで寝るわ」となります。ロックで手に固定してくれれば楽なのですが。

 そして麻酔薬の素晴らしさ。一歩間違えば危険ですが、鎮痛って本当に大事だと実感しました。抜管されるのなんて絶対に辛いと思うので、麻酔薬の健忘作用には非常に感謝しております。

 私の骨髄が誰かの中で生着して、その人の新しい人生を支えてくれるかもしれない。治療が成功することを祈りつつ、この記事を通じて、一人でも登録者・そしてドナーになる方が増えることを祈ります。

 3日間大変でしたが、この程度で人の命を助けられるなら、もう1回だってやりたいと思います。

 この記事を読んだ若年の皆さん、まずはドナー登録からぜひ!
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「弱い患者のまま、しぶとく生きる」――がんになった緩和ケア医の苦しみとの向き合い方

記事URL:https://newspicks.com/news/4629686/?utm_source=newspicks&invoker=np_urlshare_uid4077381&utm_medium=urlshare&utm_campaign=np_urlshare


これは本当に他の医師にはできない取り組みです。
医師も1人の人間であり、病気にもなれば患者にもなる。でも大半の医師、特に若い医師は大した病気をすることもなく、医師として仕事ができるのが「当たり前」です。
そんな医師でも、こうして死に直面した医師でも、同じく「患者の死」には向かっていかなければなりません。医療に携わる以上、「死」を相手せずに仕事はできません。


私含め、大きな病なく死に向き合うことなく生きてきた医師にとって、経験のない「死」と向き合うのは非常に大変です。
「医学」を学び、その視点を手に入れてしまった我々は、決して「普通の患者」になることはできません。患者を一人の人間として接しようとした時に、この視点は時に邪魔をしてきます。
そんな我々にとって、「医師」の発信する「患者」の視点は、非常に貴重な体験談なのです。「医学」の視点を踏まえた患者体験談や考え方は、このような方からしか伺えません。


この先生と向き合う多くの患者が救われていると思います。同時に、我々医師にとっても大きな救いをもたらしてくださいます。