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医師が骨髄移植のドナーに選ばれて

研修医がつづる、「骨髄移植」体験記①

医師が骨髄移植のドナーに選ばれて

こんにちは。長野県の市中病院で初期研修医をしている脳筋ひっきーです。

 2019年10月に各地を襲った台風19号による千曲川(ちくまがわ)の氾濫で、長野県は大きな被害を受けました。私の勤務先や自宅は大きな被害はまぬがれましたが、近隣病院が被災。

 これまでの連載「台風19号の被災地で働く研修医が見た光景」では、そんな被災地で働く研修医が、見たこと、感じたことを、ありのままに綴ってきました。

 今回は番外編として、私自身が骨髄移植のドナーとなった時の話をしようと思います。

 最近は、水泳の池江選手が罹患したことからドナー登録数が急増しているようです。水泳部出身の私としては、池江選手には元気に復帰して頂きたいですし、登録者の増加は非常に良いことと思います。

 本連載では実際の移植体験を通じて、普段とは逆の患者の立場から医療を見つめてみました。健康な医師が入院医療を受ける、というなかなかない経験を、普段医療を提供する側の皆様にも共有できればと思い筆を執りました。

 私は20歳になってから、時々時間を見つけて献血に行く様にしていました。そして献血ルームには必ず、骨髄ドナーの冊子が置いてあります。とある日、献血ルームが混んでいて空き時間ができたので、その間にドナー登録をしました。

ドナーとしてマッチ!候補者になって説明される「これからのこと」

 そして26歳のある日。骨髄バンクから一本の電話。
 「ドナーとしてマッチしました。まだ候補者ですが、検査などに応じて頂けますか?」
 二つ返事で承諾し、近隣病院の血液内科で血液検査と、血液内科医からの説明を受けました。
 要点をまとめると、次のような内容でした。

 ① 検査や入院で合計10日程度、平日に休みを取らなくてはならないこと。
 ② ドナーとして決定する前に、「最終同意面談」があり、ここまでは撤回が可能なこと。
 ③ 最終同意面談での承諾後は、患者が大量化学・放射線療法に入るため、ドナーの安全以外の理由での撤回はやめてほしいこと。

 職場がきちんと理解を示してくれており、骨髄移植に関する休みは全て特別休暇として休ませていただけたので、仕事の面では心配することなく、安心して臨むことができました(本人の意思があっても、職場が休みを保障せず、断念する方もいるとか・・・)。

いよいよドナーに決定 最終同意を経て、ドナー・患者ともに移植準備へ

 検査の1ヶ月ほど後、骨髄バンクより再度電話があり、ドナーの第一候補として決定したとのこと。私の両親含め、最終同意面談がセッティングされました。この面談では必ず、親族(結婚しているなら配偶者)、医師、コーディネーター、立会人(骨髄バンクの方で、これまで関与していなかった方)が同席します。

 患者本人のみならず身内の承諾があり、医師・コーディネーターからの再度の適切な説明と、更に立会人による説明が適切であり、強制同意でないことの確認をもって、この同意が成立します。

 きちんと厳格にできているんですね。

 面談当日、血液内科医とコーディネーターの方は、繰り返しそのリスクと対処について説明して下さいました。医師ですから当然承知しているとはいえ、その時は一人の患者。非医療者である両親も同伴していましたから、詳しい説明を受けて、本当に安心できました。

 確かに副作用の腰痛などについて過剰なくらいに説明してくださったので、両親は私の体を心配してくれました。仕事に差し支えないか、などと色々聞かれましたが、医師としてこういう形でも患者を救うことができるのならばやりたい、という私の意思に同意してくれました。

 そこから、患者さんも前処置へ。私も移植に向けた準備に入っていきます。

 2回の通院と検査で400mlずつ、合計800mlの自己血採取。骨髄移植当日は1200mlを採取する予定で、この保存した自己血を戻しながら移植するとのこと。自己血採取は18G針で刺されるので、思いっきり皮下血腫ができて痛かったりもしましたが、回を重ねるごとにリアリティが湧いてきました。(採取量はレシピエントの年齢・性別・体格により決まります。私はほぼ最大量であり、レシピエントが小児などではもっと少ない場合もあります。)

 検査などの日は休みを頂いていましたが、それ以外は通常業務をこなしつつ、まだ見ぬ(この先も知ることはないですが)レシピエントを想い、骨髄移植の日へ向かいます。

次回予告

 次回は、いよいよ採取編。普段は自分が麻酔をかける側ですが、かけられる側になったり、いろいろな初体験をします。

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